« セピア色の世界 | トップページ | ヴォーリズ記念病院のツッカーハウス »

2003.03.14

エドウィン・O・ライシャワーの不思議

不思議・・・って書いたものの、私が勝手に不思議だなぁって思っているだけで、本当は不思議でもないのかもしれません^^;;

エドウィン・ライシャワーと聞くと何を思います?
元駐日大使で、日本に詳しい人・・・。
松方正熊氏の娘のハルさんと結婚した人。
これが、つい1年前までの私が知っているエドウィン・ライシャワーの情報でした。
でも、がらりと一転。
なんだか勝手に身近な存在になってしまったのでした^^;;

エドウィン・ライシャワーはカール・ライシャワーとヘレンの間に生れました。
生れた場所は、なんと!現在の明治学院大学内。
父親は宣教師として来日し、明治学院で教師をしていました。
一家が住んでいた家は、「ライシャワー記念館」として東村山にある明治学院高校の敷地内に移築保存されています。
明治学院大学といえば、ヴォーリズ設計の礼拝堂がある大学です~。
そこで一気に親近感が沸いたのです。
松方ハルさんが生れた家は、ヴォーリズ設計の住宅で、現在は西町インターナショナルスクールで利用しています。
ご夫婦とも、ヴォーリズの建物の近くにいたということが、一気に私の好奇心を揺さぶりました。

更に、東京女子大学を見学させていただいたときキャンパスには「ライシャワー館」がありました。(A・レーモンド設計)
カール・ライシャワーが明治学院を退職して創立に関わった大学が東京女子大学なんですよね。
ということは、エドウィンも東京女子大周辺の景色を見ていて、あのレーモンド設計の美しい校舎も見ていたんだなぁと思うと、妙に感慨深くなりました。

現在日本唯一の私立の聾学校が都内にあるのですが、その学校を創立したのはエドウィンの母・ヘレンです。
エドウィンの妹のフェリシアが2歳のとき病気で聴力を無くしました。
ヘレン夫人は宣教師ミス・クレーマーに協力をしてもらい、大正9年にある教会内ではじめたのが前身になっています。
学校では、手話を一切使わず、口話の読み取りや発音を勉強し、一般社会でのコミュニケーヨンに困らないよう学習をすすめています。
それは、現在も変わらない教育方針です。

私は手話に関わっているので、聾学校でも手話で授業を行って欲しいと願っている立場なのですが、聾者になった娘の教育環境を整えようと尽力した、ヘレン夫人を尊敬しないではいられません。

|

« セピア色の世界 | トップページ | ヴォーリズ記念病院のツッカーハウス »

おひさまキラキラ」カテゴリの記事

建築散歩・街歩き・お散歩」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17097/6571321

この記事へのトラックバック一覧です: エドウィン・O・ライシャワーの不思議:

« セピア色の世界 | トップページ | ヴォーリズ記念病院のツッカーハウス »