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2003.03.04

根拠のない大胆な発想


素人だからこその発想かもしれませんが、最近気になることがあるので、私の根拠のない「空想」を書きたいと思います^^;;

写真は、弘前学院外人宣教師館。
明治39年に文字通り宣教師の住宅として建てられ、現在は重要文化財に指定されています。
弘前学院外人宣教師館…外国人を「外人」ということに抵抗がある私ですが、この名称が、重要文化財の正式名らしいので、「外人宣教師館」と書きます。

この建物を見て、「ガーディナーだぁあああ」と思ったものでした。外交官の家に似ていると思ったからです。
でも、弘前学院外人宣教師館の設計・施工はクリスチャン棟梁の「桜庭駒五郎」となっています。
重要文化財にもなっているのだし、ちゃんと証拠になる資料があるのかなぁと思います。

桜庭さんが、旧内田邸の外観の意匠を真似たのかなぁ?と最初思いました。
でも、弘前学院外人宣教師館ができたのが明治39年。
「外交官の家」が出来たのは明治43年。
「外交官の家」の方が4年後になるのです。
ガーディナーが日本人棟梁の意匠を真似したとか…?
ああ…でも、本物の「西洋館」を知っているアメリカ人が日本人の真似をするでしょうか。
ちょっと不自然。

ちょっと話は飛びますが、弘前学院の前身は、弘前遺愛女学校といいます。
函館の遺愛女学校とゆかりがあった学校です。
函館には、ガーディナー設計の校舎があります。
だったら、弘前にもガーディナーの作品があってもおかしくないかなぁ…なんて。

弘前学院はともかく、弘前の昇天教会はガーディナーの設計です。
弘前に縁がないわけではありません。
函館の遺愛学院の宣教師館は、重要文化財ですが設計者は不明ということになっていて、でも、本館同様ガーディナーの設計ではないかといわれています。
そこで、私は考えました!
弘前学院外人宣教師館の設計は、実はガーディナーで施工が桜庭駒五郎ではないかと…。
どうでしょう?

百歩譲って、クリスチャンだった桜庭五郎とガーディナーがどこかで知り合っていて、宣教師館を請負った桜庭がガーディナーに相談して、基本設計はガーディナーが行ったとか…。

私の中では、そんなドラマが渦巻いております^^;
設計したのが、桜庭駒五郎だという資料は残っているのでしょうか?
私が見た資料だと多くは、「設計・施工は桜庭駒五郎だと言われている」という書き方なんですよね^^;;
ああ…。
1人盛り上がる、今日この頃です。

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