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2005.08.12

地図に載っていなかった山

8月は本当に悲しいニュースが多い月だなぁと思います。
私は20年前、日本航空123便が御巣鷹山に墜落した日のことをよく覚えています。
20年前のあの日、私は両親と東京から夏休みを利用して遊びに来た小学生のいとこと一緒に道東を旅行していました。
北海道でも何十年ぶりかと思うほどの猛暑でした。
私たちが、屈斜路湖近くに宿泊を予定していたその日の夕方、事故が起こりました。
日本航空123便墜落事故を知ったいとこの母親(私からすると叔母)は、子供だけ北海道へ行かせたことが不安になったようで、いとこが電話をしたら帰りの飛行機のことをとても心配していました。

日本航空123便はみなさんご存知だとは思いますが、羽田から大阪へ向かっていました。
夏休み中ということで、帰省客などでほぼ満席。
中には甲子園へ出場した息子の応援に向かう途中の親御さんもいたそうです。

墜落現場となった御巣鷹山は当初、地図にも載っておらず登山道もない険しい山だと聞いています。
今では慰霊碑も建立され、登山道もできたもののそれでも登山が大変なことには変わりがありません。
世界航空史上最悪の事故からちょうど20年。
そんな年に、日本航空の単純なミスなどによる事故が多発しています。
20年前、520名もの犠牲者を出したことはなにも生かされていないのでしょうか。
今年、日航機の飛行機事故が目立っているのは亡くなられた520名からの警鐘のように思えてなりません。

余談かもしれませんが、事故機に乗っていた坂本九さんは北海道で福祉番組を9年間持っていました。
北海道では本当に本当に身近な芸能人でした。
九ちゃんが亡くなって、番組が終わりました。
それでも、九ちゃんは本当に北海道民に愛されていたのでのちに「坂本九思い出記念館」が栗山町に作られています。

osutaka
「墜落現場 遺された人たち―御巣鷹山、日航機123便の真実」
飯塚 訓 (著)

この事故に関して、上記の他いくつかの本が出ています。
事故についてこの20年間のことが記されているサイト「日航機墜落事故 東京-大阪123便新聞見出しに見る20年間の記録」もあります。
こちらのサイトでは、4名の生存者のうちの1人落合由美さんの事故当時の証言が掲載されています。
本来、思い出したくない記憶だと思うのですが落合さんは客室乗務員(事故機には非番で乗客として乗り合わせました)ということもあり、冷静に状況を見ていて詳細に証言されていることに感心します。

私は今も昔もわりとよく飛行機に乗ります。
いとこが東京から遊びに来た様に、私が東京へ行くことも子供の頃から珍しいことではありませんでした。
日航機墜落事故がよほど印象深かったのでしょう。事故後、しばらくは飛行機に乗るときはいつもメモ帳を持っていないと不安な時期がありました。
TVで墜落するときに遺書を書き綴った方がいらしたことを知ったからだと思います。
知人が犠牲になった訳でもないのに、それほど私の心に衝撃を与えた事故でした。

あれから20年。
今では御巣鷹山も地図に載っています。
悲しみを背負った山として、たぶん日本でもっとも有名なのではないでしょうか・・・。
犠牲になった520名の方たちのご冥福をお祈りいたします。

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コメント

はじめまして。
とっつあんと申します。
TBありがとうございます。
20年たった今日もトラブルが起こるなど
ほんとうに「いいかげんにしろ」と
言いたくなることばかりで
信頼回復にはほど遠いようですね。

またお邪魔しようと思います。

投稿: とっつあん | 2005.08.12 22:33

★ とっつあんさま
コメントありがとうございます。
ふらっとBlogめぐりをしてみると、たくさんの方が、それぞれの思いでこの事故のことを綴っていますね。
遺族の文集「茜雲」出版されたようですが、まだ拝見していません。
ぜひ、読もうと思っています。

投稿: ドシル | 2005.08.12 22:42

TBありがとうございました。
さすがに坂本九さん、いまだにファンが
多いですね。「坂本九思い出記念館」で働いて
いたことを誇りにおもいます。

投稿: hideki | 2005.08.13 09:37

★ hidekiさま
コメントありがとうございます。
「坂本九思い出記念館」は九ちゃんへの愛情と感謝がいっぱいつまっていますよね。
確か、入場無料だし・・・。
札幌のような都会ではなく、九ちゃんが訪れた施設もある、空知の小さな町に作られたことがまた、嬉しく思います。

投稿: ドシル | 2005.08.13 11:11

TBありがとうございました。
実は父があの飛行機にのる予定だったそうです。
事故から20年、社会はもしかして殆ど進歩していないのかもしれません。
あんな事故は再び起こってはいけない。

投稿: YOSHI | 2005.08.13 15:44

★ YOSHIさま
コメントありがとうございます。
身内が・・・まして親が乗り合わせたかもしれない飛行機の事故。
心中穏やかではいられませんよね。
用事が入りキャンセルしてくれたことの嬉しさと同時に、犠牲者があまりに多く手放しで喜ぶことにためらいを感じるところもあると思います。
でも、やっぱりお父様がご健在でなによりです。

投稿: ドシル | 2005.08.13 17:21

あの飛行機事故のことはいまでも覚えています。
実は高校のとき、授業中に先生がこんな話をしてくれました。
その先生は123便で大阪へ帰る予定だったのですが、
上野か浅草で友人と昼間から呑んでいて、
気がつくと出発30分前だったそうです。
仕方なく東京駅へ出て123便と同じ時間に出る新幹線で大阪まで帰ってきたそうです。

あの事故でプロ野球・阪神タイガースの球団幹部がなくなりました。
そして、21年ぶりに優勝、日本一になりました。
今年、阪神タイガースはセ・リーグの首位に立っています。

歴史のめぐり合わせにびっくりしています。

投稿: yamatojin2005 | 2005.08.14 16:40

★ 大和人さん
20年前の事故で阪神の球団幹部の方も犠牲にならてたんですか・・・。
それは知りませんでした。
本当に、たくさんの方が犠牲になり、そして多くの方が、危機一髪で事故機に乗らなかったんですね・・・。

投稿: ドシル | 2005.08.14 18:43

当時の国土地理院の地図には御巣鷹山が載っています。確かに現場は御巣鷹山に連なる尾根ではありません。高天原山に連なる尾根、との言い方もありますが、国土地理院の地図には載っていませんし、三国山同様県境をまたぐ山です。推測ですが、上野村の黒澤村長(当時)は、上野村にあり、国土地理院の地図に載っている、上野村の御巣鷹山の名前を取って、「御巣鷹の尾根」と命名されたと思います。

投稿: HOHRI | 2006.09.02 16:57

★ HOHRIさん
古い記事へのコメントありがとうございます。
そうですね。
「御巣鷹山」は当時の地図にもあったそうですね。
日航機が墜落したあたりに名前がなく当時の上野村の村長が「御巣鷹の尾根」と命名しましたが、実は御巣鷹山の尾根ではないらしいですね。

墜落現場となった山は当時、地図に明記されていなかたというのが正しい書き方でしょうか。
言葉がたりませんでしたね。ご指摘ありがとうございます。

投稿: ドシル | 2006.09.02 23:18

こんばんは。正衛門と申します。
日航機墜落事故について言及されていたので、
トラバさせていただこうと思ったのですが、できませんでしたので該当URLを記しておきます。
よろしければお立ちより頂けたら幸いです。失礼致します。

日航機墜落事故の真相
http://d.hatena.ne.jp/thyself2005/20061004/1159905303

投稿: 正衛門 | 2006.10.04 20:47

★ 正衛門さん
コメントありがとうございます。
TBできませんでしたか?すみません。
サーバーの相性とかあるんでしょうかね・・・。
TBできない原因は不明です。

リンクしていただいたサイト拝見しました。
写真も豊富で、引き込まれました。
またじっくり拝見させていただきます。

投稿: ドシル | 2006.10.05 09:46

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