« 『美の壺』-6月2日(金)- | トップページ | 早瀬憲太郎さんの講演会 »

2006.05.17

「手話が趣味」に想うコト。

私は大きな志があって手話の勉強を始めたわけではありません。
なんとなく興味があって手話を始め、手話が魅力的な言葉だと思い、その言葉のネイティブであるろう者の文化に興味をもって、ろう者ともっともっと自由に手話でコミュニケーションを取りたいという欲がでてきました。
知れば知るほど奥が深くて魅力的な言語だと思います。

それでも、通訳者になろうなんて思っていませんでした。
ただ、手話で話せればいいと思っていました。
あることがきっかけで通訳技術を身につけたいと思うようになったのですが、その話はまた別の機会にします。

そんな、ごく平凡に手話を始めた私がとても抵抗があるのが「趣味で手話をやっています」というひとことなんです。
(趣味で手話をやっているヒト、不愉快に思ったらごめんなさい。)
手話の学習を始めて、3ヶ月くらいの初心者の言葉ならまぁ許容範囲。
手話を始めるきっかけはなんでもいいと思っているので、趣味のひとつで「手話学習」があってもまぁ・・・いいかなと思えます。(抵抗がないわけではないけど)
でも、手話を知り手話独自の文法があること、ろう者の大切な言葉であることを知った後も「趣味は手話」と言われると反発に近い感情が芽生えてしまいます。
どうしてなのか判りませんが・・・。

「手話」を「英語」に置き換えてみます。
『趣味は英会話』・・・抵抗はないけど私の中では違和感を感じます。
『趣味は語学学習』これなら、抵抗なく受け入れられるのだけれど・・・。
例えば、「ダーリンは外国人」のトニーさんのように言語の種類を問わず語学を学ぶのが好きなヒトがいるのは判る気がするのです。

「趣味は旅行なので、英語や中国語を勉強しています」これも納得。
まぁ・・英語が趣味なヒトがいてもいいけれど私の中では違和感があるということです。
たぶん、言語の習得はそれだけが目的ではなくて習得することは手段であってその先に目的があるべきなんだと思うんです。
文化を知りたいとか、その言語圏でコミュニケーションを取りたいとか・・・。

他の音声言語だと「違和感」なんですが「手話が趣味」って言われると不快感を感じてしまうのはなぜなんでしょう?
はっきりとした理由は、自分でもわかりません。
手話が差別され排除されそうになってきた歴史があるからココロに引っかかるのか、無意識に福祉と関連付けてしまうのか判らないけど嫌なキモチになるのです。

差別された言語ということで考えてみると、近年、北海道ではアイヌ語講座がラジオで放送されています。
アイヌのヒトたちは北海道で今の日本人(大和民族)に差別されて来た歴史があります。
アイヌ語は文字を持たない音声のみの言語です。
「私の趣味はアイヌ語学習です」もし、そういうヒトがいたらやっぱり私は違和感を覚えます。でも手話に対するほどの抵抗感はありません。

「手話に興味があります」といわれると嬉しいのに「手話が趣味です」といわれると抵抗を感じる・・・その真相は自分のことながらわかりません。
ネイティブサイナーのろう者でも「手話が趣味」でも気にしないヒトもいるのかもしれません。
今度、周囲のろう者に聞いてみようかな・・・。
「手話が趣味」って言われたらどう思うのか・・・。

少なくても私の周りの手話に関わる聴こえるヒトたちは「手話が趣味」というヒトがいると違和感や抵抗を感じると言っていました。
「許せない」とか「憤りを感じる」まではいかないけれど、なんと言うか悲しい気持ちになるというか切なくなるというか・・・。
みなさんの周りはどうですか?

手話に関わっていないヒトはどうですか?

|

« 『美の壺』-6月2日(金)- | トップページ | 早瀬憲太郎さんの講演会 »

手話いろいろ」カテゴリの記事

コメント

> たぶん、言語の習得はそれだけが目的ではなくて習得することは手段であってその先に目的があるべきなんだと思うんです。
> 文化を知りたいとか、その言語圏でコミュニケーションを取りたいとか・・・。

ちょっと引用がずれたかな?(^o^;

これって、私は県域の講習会を受講しましたけど、その中で、蛇の目寿司事件も教わりましたし、「健聴」議員(など?)に頼んで建ててもらった?施設が、失敗して、すぐ人手に渡ってしまったとか、運転免許取得の運動とか、確か「情報保障」とかもやった気がします。(?)

サークル活動の中で「惜しいな。」と思うことの一つに、手話の会話技術だけしか学んでいない人と、講習会で前述の歴史に関することを学んだ経験のある人との間で、手話についての認識に大きな差を感じてしまうということがあります。

会話「だけ・さえ」出来れば良い、というのではなくて、相手は自分と同じ、生身の人間なのですから、やっぱり、ろうの方でも、難聴の方でも、その置かれている状況とか、文化とか、歴史とかにも目配りは必要だと思っています。

別に健聴者同士でおしゃべりするのも、特段否定しませんけど、もっともっと、ろう・難聴の方々を、同じ日本人として、仲間として捉える「努力」(?)はする必要はあると思います。

あまり、他のサークルの様子は知らないのですが、少なくとも私が関わったサークルでは、そのように思いました。(^o^;;;

投稿: ひで | 2006.05.17 20:34

2回目の登場となります。手話に関わっていない凡人です(苦笑)。

私から見ても「手話が趣味」は少し変な気がしますね。外国の方が「日本語が趣味です」と言っているようなものですからね。

どういう方がそう言っているのかが分かりませんので想像でしかありませんが
良いようにとれば「照れ隠し」、悪いようにとれば「手話を軽くみている」、ように感じます。

ドシルさんが不快に感じるのは手話の背景を理解し、本当に大事に思っているからだと思いますよ。

無責任に感じるかもしれませんが、あまり気にしない方がいいと思います。残念ながら世の中手話に理解がある人ばかりではありません(私も手話を理解している訳ではありませんが、私の場合は「手話」を「聴覚障害者」に置き換えると実感できます)。そういう人もいるんだな、くらいでいきましょう!!

投稿: 凡人 | 2006.05.17 23:06

★ ひでさん
やっぱりサークルって手話の技術だけ学ぶ場じゃダメだと思うんですよね。
同じ日本人だと思っちゃうから、あまり聴こえないヒトたちの文化とか習慣とかに関心が向かないのかもしれないけど、外国語を学ぶとき文化も学ぶのと同じですよね。
(英国では紅茶を飲むとか、インドでは手で直接食べ物をつかむとか色々・・・)
サークルで聴覚障害者の歴史を学ぶ時間、作っても面白いですね~。
ろう者にお願いするのがいいですよね*^^*

★ 凡人さん
お久しぶりです(^^)
例の学校にまだ見学へ行けていませんm(__)m

コメントありがとうございました。
「日本語」に置き換えるとか「聴覚障害者」に置き換えるのって判りやすいですね。
気にしないことにはしているのですが、時々見かけると複雑な気もちになるんです^^;;;
ああ・・・でも、そういうヒトもいるんだなって思って気にしないようにします。
私の価値観ですから・・・。
色んな考え方、色々な関わり方がありますよね。

投稿: ドシル | 2006.05.18 10:23

こんにちは♪(*^o^*)

> サークルで聴覚障害者の歴史を学ぶ時間、作っても面白いですね~。

これって、例えば、ろう協の時間のある人、とかに頼んで、年に数回、いわば「学科」の時間として、各サークルを巡回・指導!してくれると、助かる気もしますね。

投稿: ひで | 2006.05.18 13:30

★ ひでさん
横浜の場合、各区にろう協があって区のろう協と区のサークルの
パイプがあるので、企画するとスムーズにできるかもしれません*^^*
なんか、面白いかもー。
今、暖めている企画があるのでそれが終わったら次回やってみたいです(^^)
アイディアありがとうございます♪

投稿: ドシル | 2006.05.18 13:55

うーん。すごく深い悩みですね。
悩みと言うよりある種は達観していらっしゃるし。

ただ、もし私が点字が趣味だとしたら、
私のマッサージの先生はどう思うだろう…と、
フと考えました。
同時に私は英語も趣味に当たるから、
結構、痛いものがあるかもしれません。

自分のあやなす、言語を上手に使えれば、
私はそれで良いと思うのです。

そこに価値観を求めると、
日本語を相手にしていた私ですら、
やはり、私なんかが詩を書いて良かったのか?
その思いがもし、そのままアーティストに、
通じていたとすれば?
と思います。

元気に頑張りましょう。
私も手話は美しく素敵であると言うことで、
まずOKだと思っています。
そういう見かけから入るって、
すごく嫌味なようで素敵でしょう?(笑)

ドシルさん。エール!

投稿: 希理子。 | 2006.05.18 17:26

> 横浜の場合、各区にろう協があって区のろう協と区のサークルの
> パイプがあるので、企画するとスムーズにできるかもしれません*^^*
> なんか、面白いかもー。
> 今、暖めている企画があるのでそれが終わったら次回やってみたいです(^^)
> アイディアありがとうございます♪

ははは(^O^)♪
実現したら、見学しにいくかも?
それとはわからないように?(*^o^*)
↑まだ顔知りませんからねぇ~♪<へへへ(*^o^*)

まぁろう協サイドだって、是非知っておいて欲しい事柄ですもんネ♪
まさか『講習会でしか教えてあげないよぉ♪』とかは、言わないですよね。。。(^o^;;;

投稿: ひで | 2006.05.18 17:55

> それとはわからないように?(*^o^*)

あっ!よく考えたら、サークルの見学、名前を伏せてって無理ですよねぇ~♪(^o^;
じゃあ、偽名で行ったりして・・・。(*^o^*)

投稿: ひで | 2006.05.18 20:23

★ 希理子。さん
ご意見ありがとう(^^)
点字もね、きっかけは判らないけど続けるにはきっと、「目の見えない誰かにお手紙書きたい」とか、何か目的みたいなのが見えてくると思うんだぁ・・・。
手話もね、はじめるきっかけはなんでもいいのです*^^*
「ドラマ見たから」とか(笑)
手話が美しくてステキと思ったことがきっかけで手話学習を始めるなんて、本当に素敵だと思います(^^)

★ ひでさん
ひでさんの本名知っているから、見学申し込みでわかりますね(笑)
ぜひいらしてください~。
でも、確かひでさんのサークルと同じ曜日が定例会日ですよ^^;;;

投稿: ドシル | 2006.05.18 23:26

> でも、確かひでさんのサークルと同じ曜日が定例会日ですよ^^;;;

あっ!実は、今は水曜日なんですぅ~♪(*^o^*)

投稿: ひで | 2006.05.19 16:58

★ ひでさん
あれ~?
サークル変わりました?
それともサークルの曜日が変わったのかしら・・・?
機会があればぜひ、お越しください*^^*

投稿: ドシル | 2006.05.19 21:40

> サークル変わりました?

本拠地、移動しました♪

明日辺りに、ミクシィ・メッセでお知らせしまぁす♪(*^o^*)

投稿: ひで | 2006.05.20 00:38

★ ひでさん
了解です♪

投稿: ドシル | 2006.05.20 10:23

遅れたコメントでごめんなさい。おもしろい話題だと思って。
これって、私は違和感、、そして『えっ?」という思いです。感じることあります。
手話の学習が楽しいってこと?やりがいがあるってこと?手話で会話する(ろう者と会話する)ことが楽しいって気持ち?サークルに参加することが楽しいの意味?地域ボランティア活動として楽しんでやってるってこと???などいろんな『?』が私の中にうずまきます。もしかしてその全てがそこに入っているのかも。
他人の内心なんて分からない。でも、そう言ってしまう人に対しては「へ〜そう言っちゃう人なんだ、この人」と思ってしまう。言葉のニュアンスは難しいってことかな〜

投稿: ゆき丸 | 2006.05.20 23:46

★ ゆき丸さん
そうなの!そうなの!
「へ〜そう言っちゃう人なんだ、この人」って思っちゃうの判るぅ。
悪気はなく「趣味」って使っているのかもしれないけれど、距離を感じちゃうのです^^;;
言葉って本当に難しいですね。

投稿: ドシル | 2006.05.21 09:36

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17097/10112396

この記事へのトラックバック一覧です: 「手話が趣味」に想うコト。:

» 「手話」が「趣味」 [【手で話す】ということ]
間の抜けたタイミングでスミマセン^^; ドシル(Docile) さんの「手話が趣味」に想うコト。に、TBさせていただきます。 「手話は趣味なのよぉ~」って発言に感じる嫌悪感。不快感。 私も同感です。 でも、どうしても説明できずにいました。相手にも、自分自身にも。 なにがこんなにイヤなんだろう…と。どうしてだめなんだろう、と。 今回気づいたのは、「趣味」という言葉の持つニュアンスです。 「趣味」という言葉をつけると、こんなイメージがついてきます ・本職じゃない ・レベ... [続きを読む]

受信: 2006.05.24 17:31

« 『美の壺』-6月2日(金)- | トップページ | 早瀬憲太郎さんの講演会 »