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2006.05.30

手話通訳のコト。

もう10年以上前になるでしょうか、私は手話に出会いました。
現在、日曜日の手話ニュースキャスターをされている谷田道子さんがある専門学校で手話講師をしていた頃、仕事の関係で見学へ行ったことがあります。

高校生くらいの頃から手話には興味がありましたが、学ぶ機会もろう者との出会いもなくなんとなくテレビや本で手話を見るくらいでしたが、初めて本当に目の前で動く「手話」を目にしました。

谷田さんの専門学校での授業を拝見する少し前に、ある新聞に掲載された熊本の薬局での手話による服薬指導マニュアル。
これをFAXで送っていただいたのですが、今でも大切にしてあります。
今度、サークルへ持っていこうかと思っています。

ただ漠然と手話に興味を持ち、その後聴こえない学生さんとの出会いがあったり色々なことがありましたが、どの過程でも手話通訳をやりたいなんていう思いはありませんでした。
ただ、手話を覚えてお話がしたいという気持ち。

いつだったか、TVで「ろう文化」について放送されているのを見ました。
同じ日本で生まれ育っても、ろう者と聴者では文化が違うのだと・・・。
見た目は同じなのに何が違うの?「ろう文化」ってなんだろうと思いました。
言語と文化は密接な繋がりがあります。
「ろう文化」を知るにはろう者の言語である手話を習得する必要があるんだなぁと思いました。
それが、サークルに入って「ろう者と共に歩むサークル運営」に関わり始めたきっかけです。

その頃も、「通訳なんて雲の上のコト」でした。
ちょっと手話ができると通訳もできると思い込んでいるヒトが多くいますが、英語が話せるからといって通訳もできるかというとそうではないのと同じです。

たくさんの日本人が、英語やハングル(韓国語・朝鮮語)更には中国語をなどを学んでいますが、通訳になるために外国語を学んでいるヒトの人口はごくわずかだと思います。
そしてその外国語で日常会話がある程度できるようになったからといって、通訳ができるわけではないのと同じで、「手話ができる」と「通訳ができる」はまったく違う・・・。
言い尽くされてきたフレーズです。
通訳なんてできるわけがないと思っていたし、やる気さえもありませんでした。

でも、サークルでの活動が長くなってくると自然と簡単な通訳のお願いをされたりすることが増えてきます。
中でも、情報提供施設では通訳派遣できない領域に関する通訳をお願いをされることが多いです。
命にも財産にも関与しない、趣味や個人的学習での情報提供。

聴こえないヒトは、「聴こえない」というだけで学ぶ自由も社会参加の自由も制限されることがあります。
通訳がいないと、参加しても内容がわからないからです。
あらゆる場面に手話通訳や要約筆記がつけば、聴こえなくても自由に参加できるようになるのに・・・。
今の日本では、聞きたい講演があっても学びたい学習会があってもまずは通訳を探すことから始めなくてはいけない不自由があります。

このように、情報提供施設では派遣できない領域の通訳を必要としているヒトがたくさんいます。
きちんとした通訳ができなくても、話の内容が少しでもいいから理解したいので通訳して欲しいといわれると、考えさせられました。

自分には通訳ができるほどの技術はないし、全日ろう連では「正確な情報保障をするために、手話通訳ボランティアは好ましくない」という意向があります。
要するに、情報が正しいかどうかわからないのにそんな情報を与えられてもろう者は困るから、通訳はきちんとした通訳技術を持ったヒトに行ってもらいたいということです。
そんなことから、どんなに「通訳技術がなくてもいいから、通訳をして欲しい」といわれても、抵抗がありました。
そんな安請け合いをしてはいけないという気持ちが強くありました。

では、私には何ができるのか考えたとき、「手話通訳の勉強をすればいいんだ」という結論に達したのです・・・安易?

技術がないから正しい情報提供ができないなら、自分がその技術を習得すれば、解決できると思っちゃったんですね。
それからが大変だってことにも気がつかないで^^;;

たぶん、どんな言語でもそうなんでしょうけれど「通訳者」になってからの方がはるかに勉強することが多いのだと思います。
勉強して勉強して、経験を積んで失敗も自分の糧にしながら成長できないと、ふたつの文化と言語の橋渡しを続けることはできないような気がしています。

今は、自分の日本語力のなさにため息が出ることもありますが、ひびしょうじんの毎日です☆
通訳をしてもしなくても、語学学習にゴールはないなぁと思う今日この頃です。

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コメント

こんにちは!
家PCでは書けないために、ココにコメント書くのは久しぶりです。

私も手話に出逢ってからは20年以上になるけど、実際に手話を始めてからは10年くらいだけど、まだまだ、勉強するコトばかり。
いろんな意味で、壁にぶつかったり、スランプに陥って辞めようって思うコトもあったりするけど、必要としてくれる人がいるっていう初心を思い出しながら、日々精進な毎日ですっ。

投稿: きよきよ@会社 | 2006.05.31 15:43

わたしも最初は、聞こえない人と知り合ったことから、話が出来ればいいなぁ・・・と思っていました。

通訳なんて考えてもいなかったし、通訳の話があった時も、「困る!ボランティアでさせて。」って本気で言ってました。
でも、ボランティアだとろう者が「困る!」というのです。
手話自体のレベルは知れてるので、通訳の保障は気にならなかったようですが、ボランティアだと気を使うというのです。
友達として一緒に行っても、その交通費やお礼のことが気になるそうです。
結果、ろう者個人がなにかしらのお礼をしたりすることに・・・

今なら、ろう者の気持ちが理解できる気がします。
そして、今 通訳者(奉仕員)として頑張ろうとしている人たちが「まだムリだから」って断る気持ちも少しわかる気がします。
それじゃ 前に進まないんだけどね・・・

投稿: みきぼう | 2006.05.31 23:02

★ きよきよさん
会社からのコメントありがと~。
きよきよさんやみきぼうさんなどなど離れていても共感できる仲間がいるっていいなぁと思います。
地域の情報交換をして、視野を広くもちたいなぁ。
壁にぶつかることもあるけど、お互いがんばりましょ~。
要筆もがんばってくださいねぇ。

★ みきぼうさん
そうなの!そうなの!!
ろう者が交通費や謝礼を気にするんだよね^^;;

本当は手話通訳なんか要らない社会が当たり前になるといいなぁ。
日本語と同様に誰もが手話で会話ができちゃうの*^^*
手話通訳者が失業しちゃうかもしれないけど^^;

投稿: ドシル | 2006.05.31 23:28

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