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2006.08.15

終戦の日。

61年前、玉音放送で日本の敗戦が国民に伝えられました。
ろう者は、ラジオの前でどうして大人が泣いているのか判らずにいたそうです。

そして終戦記念日の今日は朝から小泉首相が靖国神社参拝をする中継で、どのチャンネルも持ちきりでした。
色々の立場のヒトが色々な視点から議論をしていました。
どれももっともらしく、どれもどこか焦点がずれているような、なんとなく冷めた目でTVを見ていました。

どうしてA級戦犯も祭られたのかという背景まで出てきたりして・・・。
東京裁判とはなんだったのか・・なんてことまで出てきたりして・・・。

難しいことは判らないけど、「勝てば官軍、負ければ賊軍」。
敗戦した日本を指揮した人たちがA級戦犯になったのだろうと思います。
その人たちが、本当に悪いヒトだったのか、ただ職務上の責任を取っただけなのか私にはわかりません。

私の祖父は、太平洋戦争で戦死しました。
うちには、菊の御紋がついた仰々しい賞状(?)のようなものと勲章のようなものがありました。
戦死者に贈られるものだそうです。
「お国のためにがんんばったね」というようなことが、難しい言葉で書いてあります。

だから、私の祖父は靖国神社の英霊となり祭られているはずです。
でも、私は一度も靖国神社へお参りに行ったことはありません。
別にA級戦犯が合祀されているからとか、そんな難しいこだわりがあるわけではなく祖父をお参りするには祖父母のお墓参りをするので、充分だと思っているしお仏壇を拝めば充分ではないかと思っています。
お墓に遺骨はないけれど、お墓があるんだもの。
戦死者だからといって、靖国神社に祖父がいるとは思っていません。

「靖国で会おう」といって戦地に赴いた・・なんていわれています。
事実そうだったのでしょう。
そういう時代だったのでしょう。
でも、心からお国のために死にたいと思ったヒトはどれくらいいるのでしょうか。
きっと多くのヒトは、生きて帰って家族に会いたいと思ったと思うのです。
「靖国で会う」ことは死を意味しています。
当時の教育が、そう言わせたのだと思いますがとても悲しいことです。

少なくても、私の祖父は靖国に行くつもりなんかなかったと思っています。
家族が待つ北海道へ帰りたかったはずです。
だから私にとっては、靖国神社はなんの意味もありません。
改めて行くつもりもないし、あえて避けるつもりもありません。
明治神宮などと同じく、ただ都心にある神社だということだけです。

難しいことは、政治家にお任せいたします^^;;
アジア外交、今後どうなるんでしょうね・・・。

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コメント

そうですよね。
好きで戦争にいった人なんて
いたとしても数えるほどなはず。。

戦争さえなければ、
楽しいことや幸せなことをたくさん
経験できたのに・・・。

ああ。。いいたいことはあるんですが
うまく文にかえられません。。。

とにかく戦争は二度とおきて欲しくないもんですね。

まあ、今の時代で戦争がおきても、
今の若い人たちは
戦争に行かない気がしますけど^^;笑

投稿: sana | 2006.08.16 01:02

★ sanaさん
そうですねぇ・・・。
今の若いヒトは当時と違って、お国のために・・という教育はされていませんが、もし本当に戦争になって昔の日本のように「赤紙」で召集令状が来たとして、戦争に行きたくないけど行かないと殺されてしまう・・もしくは拷問にあうとか、刑務所に入れられるということになったら、みんな断れないでしょうね。

戦争って、そういうことですよね。
人権など無くなってしまう。
選択の自由もなくなってしまうでしょう。
ニートやフリーターが生まれる社会というのは、選択の自由があるという面ではとても幸せな社会ですよね・・・。

投稿: ドシル | 2006.08.16 10:54

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