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2006.11.11

JR日光駅とガーディナー

北海道函館市にある遺愛学院本館や横浜に移築保存されている「外交官の家」の設計者としてしられる、アメリカ人のJ.M.ガーディナー
彼は日光をこよなく愛し、日本聖公会 日光真光教会の礼拝堂の設計を手がけていますし、ガーディナーやその家族の亡骸は日光真光教会に眠っているといわれています。

そんなガーディナーの新情報が11月7日付け産経新聞栃木版に掲載されたという連絡をいただきました。
(記事はこちらです

記事によると、JR日光駅の駅舎は「明治23(1890)年に平屋建てで開業後、大正元(1912)年に現在の二階建てネオ・ルネサンス様式に改築」とあります。
明治23年といえば、ガーディナーが日光真光教会の前身である、聖変貌教会の礼拝堂を建てた年です。
同じ時期に駅舎を手がけていても不思議ではありません。
現在の日光真光教会礼拝堂は大正3年に完成しているので、大正元年ごろ日光駅の駅舎の改築にかかわっていても不思議ではないですし・・・。

Nikko_st

どうなんでしょうね~。
かかわっていても不思議ではありませんがはっきりとした証拠が出てきたわけではないようです。
遺愛学院の校舎に似ているという情報も新聞に掲載されていましたが、どうかな・・・?
遺愛学院の宣教師館と横浜の外交官の家は似ているなぁと思いますけれど、私は日光駅がガーディナーだなんてまったく考えてもみませんでした。

産経新聞の記事で1点、気になったのが「ガーディナーは、日本聖光会日本真光教会(日光市本町)を拠点に、布教活動の傍ら建築技術を教えた」(原文のまま引用)の一言。
実際には、ガーディナーは日光に住んでいたわけではありません。
夏の間、毎年避暑のため日光に行っていましたが、生活拠点は東京です。
来日したころは築地に暮らしていました。
その後今の市ヶ谷あたりに長く暮らしていました。
昔の地図を見比べると、たぶん現在自衛隊の市ヶ谷駐屯地があったあたりではないかと思います。
当時の住所では東京市麹町区。

23歳のとき米国聖公会によって日本に派遣されてきて、当時築地にあった立教大学の前身である立教学校の英語教師をしていました。
後に、立教学校の校長になったと言われています。

それにしても・・・。
この産経新聞の記事、誤字があまりにも多いのですけれど・・・。
建物が好きな方は気がついたかしら?
「日本聖日本真光教会」と書かれていますが、正しくは「日本聖日光真光教会」です。
それに、文中に「遺愛学」って出てくるんですが正しくは「遺愛学」。
新聞なのになぁとか思ったりして・・・。
新聞が、固有名詞を間違えるのってどうなんでしょうかね^^;;;
記事の内容は間違いがないことを願っています。

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