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2008.04.09

『手話通訳問題研究』102号のコト。

手話に関わっているヒトなら耳にしたことがある方も多いでしょうか・・・全通研こと、全国手話通訳問題研究会
各都道府県に支部がある、手話に関わったり興味があったりする聴者ならどなたでも入会できる団体です。
この「全通研」で発行している研究誌が『手話通訳問題研究』。
色々な情報が凝縮されていて面白いので、私は一応一通り目を通すことにしています。

手話をはじめたと同時に全通研にも入会した私は、最初の1年はあまり理解できないことも多かったですけど^^;;
それでも、市販されていない研究誌を見て、自分のレベルに合ったページを読むだけでもずいぶんと勉強になりました。
(最初の頃はクロスワードしか見なかったこともありますが^^;;;;)

最新号の102号の一番最初にある「随想」。
私はいつもここから目を通すのですが、102号の「随想」を読んだとき違和感がありました。
「研究誌に寄稿する方でも、こういう考え方の方がいるんだなぁ・・・」という違和感。
きっと、手話文法や手話言語学を研究されている方たちや日本手話学会の方の目に触れたら激怒するに違いない内容。
「手話には文法がない」と「手話を世界共通語に」という内容でした。
手話に文法がなかったら、CL構文や非手指動作で毎度泣かされることもないのですが・・・^^;

そして、木村晴美さんのメルマガNo.090号にそのことについて書かれていました。(手話版は4/4付けDeafTV-Japanで配信)
木村さんは、研究誌のこの内容に対し次のように考えを述べています。

(略)一般の新聞等で十分な理解もなく掲載されたというのではない。仮にも手話についての理解を広めようとしている団体の機関誌ではないか。  手話は文法がないとか、覚えやすいなどと明らかに間違った見解を、そのまま掲載し発行するなど許されることだろうか。 (中略)  ろうあ運動に取り組んでいる人たちには、今の社会の変化に敏感になっていただきたいものだ。

木村さんの立場の方の当然のご意見だと思います。
しかし、正直なところ私は今回の研究誌以上に驚く出来事に出くわしたことがあります。
当然、研究誌に記事を書かれている方の方が著名人なのですが、少なくても記事を書いた方は手話通訳者ではありません。
手話に理解のある聴者で、手話に対する認識が足りなかったのでああいった文章を書かれたのでしょうけど・・・。

私はとあるところ(神奈川ではありませんが・・・)の手話通訳者がある会議で発言した言葉に、衝撃を受けました。
「手話表現は地域によって違いもあって不便なので、全国共通にしたほうが良い。」
臆することもなく、こう言った登録通訳者がいました。
びっくりしましたよ~。
誰のために「手話」があるのか・・・。
どうして手話が生まれたのかを考えたら、そんな言葉は出てこないように思えてしまいます。

まぁね^^;;
通訳者としては、手話が共通ならそりゃ便利でしょうけど暮らしや文化に根付いている地域の手話は変えようったって変えられるわけがないですし、じゃあ日本語で、「方言だとわからない単語があるから不便なので、方言は廃止して標準語しか使わないことにしましょう」ってできますか?・・ってことですよね。
大阪辺りでは暴動が起こってもおかしくないような、提案ですよね(>_<)

音声日本語だって、若者言葉や流行語などめまぐるしく言葉が変わりゆくのです。手話だって高齢者や若者等世代によっても違ってくるし、地域やコミュニティによっても使われる単語が違ってくるのは自然なことなのではないでしょうか。
かつて、日本が軍事国家だった頃植民地で日本語教育をしたけれど、日本語が根付くことがなかったように、文化と密接なかかわりのある言語を強制的に変更することはできないと、私は思っています。

手話を全くしらないヒトに時々、
「手話って世界共通?」と聞かれます。
「だったら、便利だけど違うよ~」と答えると8割くらいの確率で、
「世界共通にすればいいのに」という安易な答えが返ってきます。

それに対してよくある会話が以下。
わたし:「じゃあ、明日から中国語が世界共通語です!日本語を使うと罰則があります。って言われたらどうする?」
あいて:「ありえない~。ムリ。」
わたし:「でしょう~?手話を世界共通にするってことは、それと同じことだよ。」

音声言語の方言が減少したのは、TVの全国放送の影響が少なくないと思うので、国内限定なら、標準手話による番組が今の音声日本語の番組なみにできて、日本中いつでもどこでも好きな番組を標準手話で見られるような社会になったとしたら、音声日本語同様に手話表現もだいぶ標準化されるかもしれません。

でもやっぱり、方言は方言として残るはずです。
田舎では方言を話し、都内では標準語で話すということをしている地方出身者は、珍しくありませんよね(^^)
そう考えると、やっぱり言葉を統一しようという発想は現実的ではないように思えてきます。
ジェスチーノや、エスペラント語を考えた方には申し訳ないですけれどね^^;;;

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