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2009.02.28

「障害者」と「障がい者」と。

「障がい者」という表記を目にするようになって久しい今日この頃、いろんなところでこの表記が物議をよんでいますね。
日聴紙にも当事者から、「障がい者」表記は好ましくないのいう投稿が掲載されていました。
手話関係者が多く読んでいるメールマガジン「語ろうか、手話について」でも少し前にこの話題に触れていました。

逆に、「障害者」というコトバがいただけないという理由で「害」だけを「がい」と表記した方がいいと、積極的に「障がい者」と使っている方たちもいます。

いずれも個々の考え方なので、どちらが良いとか悪いとかではないと思うのですが、個人的には私は「障がい者」という表記は好きではありません。
PCで変換しても変換されないところをみると、今のところ「障害者」という表現の方が一般的だということでしょうか?

「障害者」という言葉は、この三文字でひとつの単語だと思うのです。
それを「害」はないだろうと「がい」と表記することで「障害」という単語が体をなさず単語として成立しなくなるように思えるのです。

そもそも「障害者」と言われる方たちそのものが「社会の障害になっている」と誰が言ったのでしょう?
「障害者」という言葉をネガティブにとらえて「差しさわりがあって害がある者」と表記するのはとんでもない!・・ってことで「障がい者」と表記するようになったようです。

でも、「障害物競争」という競技を「害がある競技だ」という人はいないのと同じで「障害」でひとつの意味の単語だと思うのです。
ヒトが障害なのではないと、私は思っています。

私だけの解釈かもしれませんが、「障害者」とは耳が聞こえないとか目が見えないとか歩けないとか、そういったことから、乗り越えるべき障害物(バリア)が多いヒトだと私は考えています。
社会が変わって、物理的にも情報面でもバリアフリーが行き届けば障害はどんどん減っていくだろう人々。
そのヒトが社会の障害だという意味ではないはずです。

だから私は、「障害者」という表記を使います。
もし、「障害者」ということばが障害者を社会的な障害だという位置づけでできた言葉なら、差別的な言葉だと言われても仕方がないので、表記をひらがなにするのではなく、「障害者」という言葉そのものを変更するべきだと思います。

たとえば、精神疾患で昔は「精神分裂症」と呼ばれた現在の統合失調症。
「分裂病はないよ」ということで病名が変更になりました。
記憶に新しいところだと思います。

もし「障害者」がネガティブで差別的な言葉なら「障がい者」なんて表記しないでその呼び名そのものを変えてしまうべきだと思ったりします。
どんな表現がいいでしょう?
「挑戦者」・・・う~ん、アメリカっぽいですね^^;

これが、私の考え方です。
これを押しつけるつもりはありません。
多くの役所で「障がい者」表記を使っていることも事実ですし、そちらにこだわるのもまた自由かなと思います。

地元の聴覚障害者協会の表記が「聴覚障がい者協会」に変わったら、私もしぶしぶひらがなを使うかもしれません・・・。
う~ん、どうだろう。
そうなったら考えますthink


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コメント

私はあまり気にすることなく「障害者」と使っていたのですが、「障がい者」と使う方が増えてきたので、そう使う方に対しては「障がい者」と表現するようにしています。

私自身は「害」でも何とも思いません。長男に対して使われてもです。
大切なことは別にある気がして・・。
私が鈍いだけなのかもしれませんが(^^;

投稿: めたぼん | 2009.02.28 06:52

sunめたぼんさん
私がもし、中途失聴になっても、車椅子生活になっても「障害者」と使うことに抵抗を持たないと思います。
言葉の捉えかたは、色々ですが、私も表記より大切なことがあるように思います。

投稿: ドシル | 2009.02.28 20:43

今日は藤沢の聴覚障害者センターで戸田康之さんの講演会行ってきました。早めに友達と会場いりして座れた 30分前には会場が一杯になり センターの方々のあわててイスをふやしても入りきれず、ロビーや他の部屋でモニターで講演を見た人もいるほどたくさんの人がきていたようです。講演はわかりやすくて、難聴で手話勉強半年の友達と一緒にいってて その友達が戸田さんの手話はわかりやすく良かったと喜んでました。サークルの人もきてたり、メル友の聾者もきていたり、過去に難聴者対象の手話教室などで一緒だった人などすごい久しぶりに話できたりで 講演後も話がさいて 楽しくて幸せを感じました。

投稿: ひろろん | 2009.02.28 22:13

ボクも「障害者」と思っています。
どーも「障がい者」とか「看護師」とか言葉じりだけ捉えて、本質が置き去りになってる気がして・・・。「障害者」と言う言葉に大多数の人は差別的な意味合い等感じないと思うんですが。
ボクの親戚にも片腕の人がいますが「障害者」と言う言葉に別に抵抗ないみたいです。

投稿: アーラー | 2009.03.01 02:03

sun ひろろんさん
楽しい時間が過ごせて良かったですね☆
私は、横須賀に行ってきましたよーdelicious

sun アーラーさん
ありがとうございます。
感じ方はそれぞれなので、なんとも言えませんが、私の回りには「障害者」を嫌がる障害者はいません。
どこかにいたから、始まったんだと思いますが…。

投稿: ドシル | 2009.03.01 07:18

横須賀の講演会のお話は 書かないのでしょうか?できたら教えていただきたいです。
藤沢の戸田さんの講演で聾者の苦悩をきいて 生でみれた涙がでたり。戸田さんのとても生き生きと表現がたのしくて 生でみれた感激もあって大興奮でした。 あとでサークルで一緒の難聴の女性に興奮してメールしてけど 彼女も参加していたらしいのですが 講演内容とってもつまらなかった!と返事にビックリ~ 彼女手話はよめなくてパソコン要約をよんでいたからってのもあるのか?自分が難聴ってことが恥ずかしい~仕事でも健聴者に意地悪されてて、すごく自信をなくしているのもあってなのか 講演を楽しめなかったのは残念だな~と思いました。

投稿: ひろろん | 2009.03.02 13:50

sunひろろんさん
講演の受け止め方が、感じか方がは、人それぞれですよね。
横須賀の講演、良かったですよ。

良かったですが、ここに詳細を書くと、周囲の方も含め個人を特定できてしまう可能性があるので、あえて詳細は記事にはしないつもりですm(__)m

でも、やはりろう者や難聴者が被災した時に、どう情報保障するかや、どう安否確認をするのかは、色々と考える必要があるなと思いました。

投稿: ドシル | 2009.03.02 17:52

同感です。以前、自分のブログでもポストしたことがありますが、「障がい者」という表記には、どうしても違和感を覚えてしまいます。問題なのはソコじゃないだろ?と思うんですよね。
http://rinsho.cocolog-nifty.com/annex/2006/04/post_9dc0.html

#またまたご無沙汰していました(「同一人物」です ^^;)。
今年の初めから事情があって、しばらく郷里に来ています
(途中で少し東京に戻ったりもしているのですけれどね)。
それで飯田手話サークルの会員にもなったんです。

投稿: rinsho @iida, nagano | 2009.04.04 21:30

footrinshoさん
長野のご出身なんですね。
飯田には手話とは関係ありませんが、学生時代の友人が住んでいます。

「障害者」について、rinshoさんのエントリー拝見しました。
本当に、言葉の上げ足を取るのではなく本質的な部分で改善していけたらいいなと思います。

投稿: ドシル | 2009.04.04 22:53

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