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2009.08.15

「ひめゆり」終戦の日に・・・。

今日は64回目の終戦の日。
「終戦の日」と「終戦記念日」という言い方、どちらがいいのか解りません。
年配の方の中には「終戦じゃなく敗戦の日だ」というヒトもいらっしゃいます。
言い方はともかく、玉音放送に多くの国民が涙した日から64年経ちました。

そして、敗戦が色濃くなったにもかかわらず戦い続けたことでより多くの犠牲者がでました。
原爆投下がなされる前、沖縄では地上戦が行われました。
その犠牲になった「ひめゆり学徒隊」。
終戦の約2か月前、6月に多くの方が亡くなっています。

「ひめゆり学徒隊」として沖縄戦を経験した方たちのインタビューを含む長編ドキュメンタリー映画『ひめゆり』の上映が現在、横浜のジャック&ベティで行われています。
そして、終戦の日の今日、8月15日と16日の2日間は米内山明宏さんによる手話弁士付き上映会が行われます。

私は、今日「ひめゆり」を観てきました。
たくさんのろう者が観に来ていました。
チケットの予約をしてくれたろう友は、沖縄にも行ったことがありひめゆりの塔も見にいったことがあるヒトで、沖縄戦の歴史にとても詳しいヒトでしたが、米内山さんの手話を見て知っていた歴史のことが更に理解できたと言っていました。

Himeyuri


亡くなった方の無念。
生存者の苦悩。
戦前の日本の教育の恐さと、戦争は人間を極限まで追い込み変えてしまう・・・。

重い重いテーマですが、今、平和な社会で暮らしている私たちは同じ過ちを繰り返さないためにも目をそむけずに、このドキュメンタリーを見るべきではないかと思いました。

生存者のみなさんが本当は思い出したくない、苦しく辛い記憶と経験を吐露するのですが、それを噛み砕いて手話で弁士する米内山さんの負担も如何ばかりかと思います。
手話でリアルに情景描写することで、沖縄戦を疑似体験しているように思います。

私が初めて「ひめゆり学徒隊」を知ったのは小学生の時に家族で行った稚内にある「九人の乙女の碑」を見て、彼女たちが「北のひめゆり」と言われていると知ったのが最初だったと思います。
樺太真岡郵便局で電話交換をしてい9名の女性。
8月15日に終戦し、敗戦が決まったにもかかわらず自らの業務を遂行するため樺太に残り、最期まで電話交換業務を行い、ソ連兵がまじかに迫ったことで自決した方たちです。
自決したのは8月20日。終戦して5日後です。


Otomenohi


沖縄で犠牲になったひめゆり学徒隊の犠牲者数とは比較になりませんが、終戦後に自決に追い込まれたとても悲しい出来事です。
子供の時、「北のひめゆり」を知ったことで沖縄の「ひめゆり」を知った私。
沖縄のイメージはその時から、日本で地上戦が行われ多くの犠牲者が出たとても悲しい場所として印象づけられられてしまい、「沖縄へ遊びに行く」という気にはなれないままでいます。
たしか沖縄でも、終戦後も更に犠牲者が出たと記憶しています。

終戦の日に「ひめゆり」という長編ドキュメンタリーを手話弁士付きで観たことは、なんとも感慨深いです。
日々の忙しさにかまけて、平和な今日に感謝することも忘れがちになってしまいますが、年に1度は多くの犠牲者を慰霊し、同じ過ちを繰り返さないようにきちんと考えたいと思います。


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コメント

ドシルさんは昨日みてきたのですね~今日は健聴者が多かったかも・・私はサークルの聾者と健聴者の二人と一緒にみてきました。 あとでカフェで1時間 米内山さんと交流がありました。終わった後 厚かましく近寄って 米内山さんと並んで写メとってもらった。 握手もらって感激~です。  

投稿: ひろろん | 2009.08.16 20:55

sunひろろんさん
今日も暑かったですねぇ。
昨日も、上映会のあと40名限定で交流会のお知らせがありましたよ~。
2日間とも同じスケジュールにしたのかもしれませんね。

投稿: ドシル | 2009.08.16 22:25

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