聞き取り通訳・読み取り通訳
突然ですが、通訳のお話デス。
音声言語の外国語と日本語の場合、どちらも聞いた言葉を別の言語に通訳するわけですが手話と音声言語の場合、ろう者が表現した手話を見ながら日本語にする「読み取り通訳」と、日本語を聞いてその内容を手話にする「聞き取り通訳」があります。
逐次か同時かなどの違いはありますが、音声から手話か手話から音声かのどちらかの作業をするのが「手話通訳者」のシゴトになります。
さて。
究極の選択。
読み取り通訳と聞き取り通訳、どちらが得意ですか?・・・と聞かれたら、みなさまどう答えますか?
・・・私はどちらも苦手です(>_<)
ろう友と一緒に出かけた時なども含めて、ろう者がいると資格の有無にかかわらず色んな場面でちょっとした通訳をする機会はあるし、"通訳者"としてお仕事させていただくこともあるけれど、私のあまり多いと言えない経験の中では当たり前ですが、納得できる「通訳」ができたことがありません。
いつもいつもいつもいつも、反省します。
たぶん、何十年やっても100%納得することはできないだろうと思います。
だって、第三者の発言を違う言語に翻訳して、別の人に伝えるんだもん。
同じ日本語を話す人同士だって、同じ言葉を聞いても受け取り方は様々なのに翻訳して伝える内容が100%、話者の伝えたいことを伝えるなんて、もしできたら奇跡に近いと思うのです。
でも、その奇跡を目指してがんばっちゃったりするんだけど・・・。
でね、読み取り通訳が苦手というヒトは比較的多いように思うんです。
私もまぁ、得意ではありません
「どの日本語が的確なのぉおおおお」と悩みます。
でも、私は聞き取り通訳より読み取り通訳の方が好きだったりします^^;;;
理由は、聞き取りの場合は、私にとって第一言語ではない「手話」への変換なので、ちゃんとできているかどうかが自分では判断しにくいという点が挙げられます。
伝える対象のろう者の反応で、手ごたえを感じますが私の表現(単語レベルではなくて)が正しくないけど「理解してくれている」のかもしれない・・・なんて思ったりもします。
自分のできることを精一杯やるけれど、それがネイティブな手話話者にとって苦しい表現なのかスムースなのか、リズムがどうだったのかなどなど・・・通訳しているときは自分を客観視できなくて、自分を評価しにくいなぁと感じます。
一方、読み取りの場合は手話を見て、自分の母語である日本語に翻訳するので「もっと違う言い回しがあるのに」とか「あ・・語尾がもっと違う方がニュアンスが伝わるなぁ」とか客観的に自分の発した音声を振り返ることがしやすい気がします。(手話から読み取った内容が合っているという前提ですよ、もちろん^^;)
私の場合、英語も同じで英語のメールも英語での会話もとにかく自分の英語に自信はないけど相手が分かってくれているので、多少の時制間違いなど気にしないでとにかく使っています。(まぁ、通訳するわけじゃないんだけどー)
英語の自分の間違いには、正直なところあまり気がついていません
でも、日本語で話す内容や日本語のメールの場合自分の間違いがわかるように思います。
まぁ私程度の英語力だと、「それは英語?日本語?」と英語も日本語も第2言語の外国人に言われたこともありますが(苦笑)
そんなわけで、通訳ってどう転んでも苦しい非日常の脳の活動だと思います。
聞き取り通訳・読み取り通訳どっちが得意と聞かれればどっちも苦手と答えますが、どっちが好きかと聞かれると読み取り通訳が好きな私デス。
どっちも好きって言えればサイコーなんですけどねぇ~。
そうなるためには、たゆまぬ努力が必要ですね。
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コメント
多分、
聞取り通訳はできていなくても自分ではそれに気付きにくい。
読取り通訳はできていないのが自分で分かりやすい
ってのもあるのかと。
投稿: ○ | 2010.05.27 01:01
そうですよね。
聞きとりは、単語さえ表出できていて、手が止まらなければできたような気になるんですよね・・・。
だから、気づきにくいのかなと思います。
投稿: ドシル | 2010.05.27 08:16
お久しぶりです。ドシルさんの日記を読んでいると本当にいろいろ勉強になります。私は通訳者の立場ではないけど。 中途失聴だから ろう者でもないので手話勉強にたちばとして とっても勉強になります。通訳って読み取りと聞きとりべつなんだ~と初めて知った。通訳者の方々にすごく感謝しなくちゃ~と思う。
テレビでドラマの俳優さんの演技みてるより ろうしゃの手話表現みてるほうが魅了される私。自分にはまだ 気恥ずかしさと自信なさと日本語にたよってるで豊かに手話表現できないから。ろうしゃの表現見てて 「私もこう表現できるようになりたいのに~」といつも思います。
投稿: ひろろん | 2010.05.29 07:31
お久しぶりです!
ろう者のあの写実的な手話表現は、やっぱり「音」じゃなく「視覚」のヒトならではですよね~。
日本語がベースだとマネできないです・・・^^;;
中途失聴者は中途失聴者ならではの、手話でのコミュニケーション方法で良いのではないでしょうか?
人生の途中まで音声言語を使っていたのですから、ろう者とは育った環境が違うのですから・・・。
私がもし明日聴こえなくなっても、「ろう者」ではないのと同じで、中途失聴者は中途失聴者としての誇りがあって良いと思います^^
投稿: ドシル | 2010.05.29 09:56