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2010.08.28

通訳の醍醐味。

ろうの友達と気軽に楽しく手話で話せればそれでよかった・・・。
それが私の手話学習の目標のはずでした。
それが、ろう友が直面する様々な情報保障の壁を知ったことで、「通訳者にならなくても通訳技術を身につけて、友達に協力できたらいいな」と思ったことは、自然の成り行きでした。

手話通訳者という公の立場ではなく、友達と一緒の時に必要な情報をきちんと通訳したかったから、通訳養成講座に通うことを決めたのです。
その先にある、手話通訳活動なんてあまり真剣に考えてはいませんでした。
ただ、友達の為に通訳技術を身につけられれば良かった・・・はずでした。

情報保障の問題が、ひとりのろう者だけでの問題ではなく、社会全体の問題だと意識したあたりから真剣に通訳者になろうと思ったように思います。

今の私が、手話通訳者として充分な通訳・翻訳技術があるのか、通訳者に必要な日本語力や要約力があるのかというのは、いささか疑問が残るところで、日々精進しますとしか言いようがありませんが、かろうじて手話通訳活動をする為の最低ラインはクリアして、通訳者としてがんばっています。
反省ばかりで恐縮ですが、反省なくして成長もないと思って自分を鼓舞しています。

通訳者として現場へ行っても私の場合「ろう者の為に」通訳しているという意識はあまりありません。
とにかく、誰かの為というのではなく正しい情報をできる限り100%に近く、ろう者と手話がわからない聴こえる人のコミュニケーションが円滑に行くように、情報保障したいという思いでいます。
それが完璧にできることは正直ありませんが、完璧を目指して努力します。
誰かの為というよりは、自分の為に頑張れるような気がします。

通訳そのものはものすごく大変で、逃げたしたいような時もありますが逃げるわけにもいかず、自分の精神力との戦いでもあります。
いかに、平常心を保てるのかが課題で、本当にこれについては通訳活動のおかげでずいぶんと肝がすわったように思います・・・良いことなのかどうかはわかりませんが^^;

でも、私が通訳活動をしていて良かったなと思うので通訳に付随する様々な体験です。
興味のないテーマの講演会や学習会へ行って、内容に感動したり共感したり。
行ったことがない町や乗ったことがない電車やバスに乗ったりして、色んな場所へ行ったり。
手話と出会っていなければ経験できなかったこと、知らなかった知識がいかに多いことか・・・。

もし、通訳をしなければこんなに勉強しなかっただろう自分がいます。
もし、手話と出会っていなければ知らなかった世界がたくさんあります。
・・・といっても、今でも勉強不足は否めませんがsweat01

結局、手話学習も通訳学習も誰の為でもなく自分自信の為だなと思っています。
今の私には、多くのろう者の友達がいます。
彼女たちとの共通語はもちろん手話です。
だから、手話をやめるなんて考えられないし、手話を使うのはとても当たり前のことです。
「手話通訳者」としての活動がいつまで続くのかは、わかりませんが手話をやめることはないでしょう。

完璧な通訳をすることは一生できないのかもしれないけれど、そんな奇跡を目指してこれからもがんばりたいなと思います。
究極の目標は、ろう者も聴者も通訳者が間に介在していることを感じさせない通訳・・・かな。
通訳者を通して会話しているのに、お互い直接話していると思えるような通訳ができるようになりたいです。
・・・何年先かはわからないけどsweat02
志は、高く!がんばろうっと。


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コメント

同期の星ですよ~☆
ご活躍期待していますわ~♪♪♪

投稿: トム | 2010.08.31 23:26

footトムさん
いやいや、星にはほど遠いですわ。

投稿: ドシル | 2010.08.31 23:44

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