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2011.10.17

手話通訳の技術

先週末、とある手話関係の公の場へ参加してきました。
様々な方が制限時間を守りながら、手話に関する様々な研究成果を発表していました。
素人とはいえ、手話通訳者の末席にいる私。
発表内容は、興味深いものから「ふ〜ん、だから何?」みたいなものまでどんな集会でもそうだとは思いますが色々なものがあり、良い刺激を受けました。
発表される方が、聴者であれ聾者であれ原則手話通訳がつきます。

聾者が発表する時は、音声日本語に翻訳する通訳がマイクを握りますし、音声日本語で発表する場合は舞台上に日本語を聞いて手話へ翻訳をする通訳がつきます。
通訳者はひとりやひたりではありません。
複数体制で、万全の状態で(たぶん)行っているはずです。
聞き取りにしても読み取りにしてもその内容は、日常会話では使わないような言葉がでてくるわけですから事前に様々な準備をされたと思います。
それでも露呈してします、通訳技術の差というものがはっきりと分かってしまいました。

会場にいる聾者の反応をみると一目瞭然。
聞き取り通訳の場合、ずっと舞台上の通訳者を見つめている時もあれば冒頭の通訳を見ただけであとはずっと舞台右の要約筆記に視線を合わせて、舞台の通訳に一瞥もしないようなこともありました。

私は聴者なので、日本語も聴こえます。
聾者が発言する時の読み取りがスムーズな方、日本語で聞いていても要領を得ない(話者は明確に発言しているのに)音声日本語でしか話せない方・・・などなど、自分の技術を棚に上げて言わせてもらうと読み取りが無い方が理解しやすいような厳しいものもありました(汗)

私の地元ではないので、殆どは存じ上げない通訳者さんだったのですがその中で際立って分かりやすい表出をされていた方がいました。
本当に分かりやすいのです。
でも、表出する単語は難しいものは使っていません。

リズムが見やすいけれど、発表者が使う専門用語などは指文字等でキチンとフォローしていてかつ意味のまとまりがすとんと頭に入る感じで、当然聾者の反応も良いのです。
読み取りも聞きやすいとても良い読み取りでした。

私もあんな通訳ができるようになりたいと思いました。
ベテランの先輩通訳者には、素晴らしい方がたくさんいます。
でも、「すばらしい」と思うことが自分にもできるかどうかはまた別です。
あまりにも遠い場所に、いすぎて目指すというよりは「あこがれ」のような方が少なからずいらっしゃるのです。

でも今回見かけたその通訳技術は、たぶん高度な技術なのでしょうがとっても分かりやすくてなんだか私でももうちょっとがんばればできるように思えました。
(そう簡単にはできないんだけど〜^^;;;)

「あんな風にできたらいいな」じゃなく「あんな風に通訳できるようになろう!」そう思えるそんな通訳者でした。
しかも、難しい内容もちょっぴり楽しんでやっているように見えました。

改めて、手話通訳に必要な技量がなんなのか考えてしまいました。


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