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2012.09.20

ノーマライゼーション

ノーマライゼーションという言葉を聞いて久しい昨今。
昔から言われる理想の社会のようなものですが、現実を考えるとノーマライゼーションの社会は少なくても日本ではまだ実現できていないのかぁと言う感じです。

ノーマライゼーションは様々な人たちがいるのが当たり前(ノーマル)な社会という理念です。
だから、黒人も白人も有色人種も、男性も女性も、ろう者も難聴者も車椅子のヒトも松葉杖のヒトも、義足のヒトも視覚障害者も内部障害者も、お年寄りも子どもも、性同一性障害のヒトも、知的障害者もだって発達障害者だって学習障害者だって精神障害者だってみんながいるのが当たり前で、どんなヒトも排除されない社会がノーマライゼーションの考え方です。

昔と比べると、差別的な考えを持つヒトが減っていると思います。
だからこそ、ごく普通に暮らす色々なヒトはどんどん外へ出て行くべきだと思うし、社会も受け入れるべきだと思うのです。

いつだったか、池袋で「五体不満足」の著者、乙武さんをお見かけしました。
手足がなくて舌で携帯をあやつる乙武さんは、正直目立つ存在です。
でも、そういうヒトも普通に暮らすのが当たり前の社会がいいと思うので私は、「あ、乙武さんだ!」とだけ思って声もかけずに自分の目的地へ向かいました。

車椅子のヒトがいたって、手話で話すヒトがいたって手が無くて足で食事をするヒトがいたって、それが日常の1コマになればいいと思うのです。
色んな環境、境遇で生まれたヒトがいるのだから。

同じ障害者同士だけで固まるなんてナンセンス。
どんどん、一般社会で楽しみましょう(^^)
多くの人たちに、世の中には色んなヒトがいることを知ってもらう為にもどんどん多くの人の目に触れる場所へ出て行くべきだと思うのです。

そして私の多くの聾の友人や知人はそのことに賛同してくれるので、一緒にごはんを食べたりしても楽しいし、それをみて手話を覚えたいと思ってくれる人が増えるという良い影響もでてきます。
真のノーマライゼーションは、こうやって少しずつ作られていくのかなぁと思います。

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コメント

もう、かなり長く当たり前に使っているノーマライゼーションという言葉。
normalizeの名詞形なわけですが、これをちょっとひも解くと、どちらの側をnormalizeするのか?という、センシティヴな感覚に行き当たるようになりました。
とうぜん、社会の側をnormalizeすると当事者は受け止めているのですが、スティグマを与える社会の側は往々にしてそう思ってないことが多いです。
スティグマについても、十分話し合って理解したうえで、normalizeのかじ取りをしっかりやっていかなくちゃいけないですよね。臭いものにフタみたいなことをやってちゃダメってことです、ね。

投稿: ねこ | 2012.10.10 22:01

sunねこちゃん
うんうん、そうなの。
「臭いもの蓋」だめだよね。
だって色んな人がいるんだもん。むしろこの社会で「普通」ってなんだろう?ってことなんだよね。
出身地の影響、親の影響や性別、聴力の違い、見え方の違いなどなどで感じ方が違うのが当たり前だもん。
様々な人が当たり前に社会にいることが当たり前、そうでありたいなと思います^^

投稿: ドシル | 2012.10.10 22:31

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