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2013.01.19

震災を考える。

今では「震災」というと、東日本大震災を思い出すでしょう。
2年前の印象があまりに強すぎて。
被災地の範囲があまりに広すぎて。
あの日、東日本にいた人は東北でも関東でもとにかく地震の瞬間自分が何をしていたのか、どこにいたのかは誰もが記憶している忘れられない日だと思います。

18年前の1月17日、阪神淡路大震災がありました。
東日本大震災のように、津波の被害はありませんでしたが都市直下型の大地震で甚大な被害が出ました。
暗闇の中燃える神戸の映像が、今でも脳裏に焼き付いています。

東日本大震災では、メールやツイッターやその他のSNSで情報発信や情報収集ができ、携帯電話も繋がらないながらも運良く繋がって安否確認や情報収集に役立ちました。
しかし、阪神淡路大震災のときは携帯電話も普及しておらず、手話ニュースも無く、文字情報もなく、多くの被災ろう者が孤立し、不安に苛まれました。

今年の1月17日にツイッターで、当時被災したろう者が詳しく震災時の状況をつぶやいて話題になっています。
まとめてご覧いただけるので、ぜひ読んでみて下さい。

カワブチさんによる阪神大震災関連のツイートまとめ

私はこの一連のツイートを読んで。とても印象に残っている言葉が、いくつかあります。
デフファミリーで、となりの部屋にいながら地震後なかなか家族の安否が分からない状況だったときの様子がつぶやかれています。

「補聴器はかけてあるけど、父母の声が聞こえない。父母も私の声が聞こえない。たった、隣部屋だったのにお互いの無事がわからぬことが何とも不安に感じた。暗闇の中手探りで廊下に出た。暗闇の中で父母の手が当たった。生きてる!と実感した。暗闇の中お互い、顔を触り体を触り怪我がないのを確かめた。」

そして、たぶん阪神淡路大震災のときも東日本大震災のときも多くのろう者・難聴者が思っただろうこと。

「とにかく『耳』が欲しい。情報を得る耳が。聾家族だけではなす術もない。とりあえず聴叔母家族と一緒に過ごした。道端で流れるスピーカー、近所のざわめき、地震をいち早く伝えるラジオ。『耳』が欲しかった。『情報』を知りたかった。ジリジリと過ごした。」

災害時は聴者でさえ、情報が不足するのだから聴こえない人たちの情報量がどれほど微量になってしまうことか。ましてや、今のように携帯電話もインターネットもない時代のことです。

そして、情報が欲しくてたまらないろう者が被災しているだろう通訳者に配慮してくれています。

「市内の手話通訳士や通訳さんも同じように被災しているだろう。そう思うとわざわざ助けを求めるのはためらわれた。情報が欲しいのに、通訳が欲しいのに、聾者みんな遠慮した。隣人に聞いたり、聴身内に聞いたり。断片的な情報から組み立てるしかなかった。」

もし横浜で都市直下型地震がおこったら、私はどんな判断や行動をするのだろうと毎年1月17日に考えます。
災害時に一番大切なことは、「自助」。
まず、自分自身で自分の命を守らなくてはいけません。
東日本大震災の「津波てんでんこ」も同意語だと私は思います。
自助の次は「共助」。地域や近所、友人知人でお互いに助けあうことが大切で、最後に「公助」つまり行政などになります。
事実、上記のツイートでも地震後1週間ほどしてようやく行政が動いたとあります。

ろう者は情報がなくて、不安で困ってそれでもなかなか「共助」が出来ずにいた様子が伝わって来るツイートがあります。

「他市は体育館に避難したたった一人ぼっちの聾老人が、誰とも話すこともなく、発することもなく、ただひとりぼっちで体育館の隅で、申し訳なさそうに過ごしていた。協会役員と手話通訳が情報を頼りにその聾老人を見つけた。老人は初めて泣いた。ひとりぼっち、辛かったと。嗚咽を漏らして泣いた。」

「こんなに大勢の人が避難している体育館の中で、聾者達は「孤立」だった。「孤独」だった。聾友達もいない。聾の事わかってくれる聴者もいない。みんなが同じ被災の中、協力を求めるのは憚られた。そして日本語で言えなかった。ただ一言「聞こえません。助けてください」ただそれだけが。」

中越地震の時や、東日本大震災の時はこんな風に孤独を感じるろう者はいなかったのでしょうか。
阪神淡路の教訓は、その後の大地震に活かせたのでしょうか。
また、もし神奈川で大きな災害が起った時、聴覚障害者を理解してくれる人は増えているのでしょうか。

私たちは手話を学び、ろう者の理解や手話の普及を...と言っていますが少しはそれが出来ているのかどうか...1月17日になると、そんなことを考えてしまいます。

ツイートを一部抜粋しながら、あーだこーだと書き連ねました。
ぜひ、通してツイートを読んで欲しいです。
もうすぐ、東日本大新震災から2年です。

被災地はまだ、「被災地」のままですね...。

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