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2013.02.06

私の根幹

なんだか変なタイトルになってしまいました...^^;
最近、仕事仲間に「どうしたらそういう考え方の人になるの?だれか影響を受けた人はいる?」と訊かれ、考えました。
ここでいう「そういう考え方」というのは、私がいつもある事象を主観だけでとらえず客観的に多角的な視点で判断するよう心がけているという話しに始まります。

分かりやすくいうと、「立場が変われば、相反する利害関係がある」ことも考慮し「もし自分が相手の立場だったら、どう考えどう感じるのか」を考慮した交渉だったり、配慮をするという考え方に起因するのです。
立場が異なれば、事実はひとつでも言い分がかわったり希望する結論が異なることは、個人的人間関係でも、国と国の外交問題でもよくあることだと思います。

様々な場面で、多角的視点で検討するということを行うようになったはっきりとしたきっかけは思い出せません。
ただ、小さいときからその傾向はあったように思います。
片一方だけの話しを聞いて、鵜呑みにするのは昔から好きではなかったようです。

その最たるものが、米ソの冷戦時代に遡ります(^^;
私が子どものころは、アメリカとソ連(現ロシア)が冷戦状態で表面状は戦争をしていないけれど、とっても険悪でした。
北海道はソ連に地理的に近いので、自衛隊の予算を多く割かれていました。
地理的にはソ連の方が近いのですが、アメリカ寄りの日本に入って来る情報はアメリカの味方をする内容ばかりで、本当のソ連の様子が分からないものだったと思います。

子どもだったので、どの程度正しく情報を把握していたかわかりませんが、何かある度「どうして、ソ連はそんなことするの?」というようなことを大人達に質問する子どもでした。
テレビの情報は、子ども心に中立的ではないことを感じました。
日本はアメリカと仲良しだから、ソ連の悪口ばかり言っている...そんな印象がありました。

そのうち、私はとてもソ連に興味をもちました。
どうして、ソ連とアメリカが仲良くできないのだろうとか、アメリカが言うことは本当なのだろうかとか色々思った結果、ソ連に行って実際にどんな国なのか見てみたいと思うようになりました。

まぁ、チェルノブイリの問題とか色々ありましたがとにかく、ソ連が本当に悪い国なのか自分で確かめないことには、公平な判断ができないと思うようになりました。
でもまぁ、実際すぐに行けるわけはないのですが(笑)

とにかくソ連を見たくて、何かの視察で学校の先生がソ連へ行くことになったのでその時に、ソ連の絵本と絵はがきを買って来てもらいました。
絵はがきに映る、美しいロシア建築や景色に魅了されたのを覚えています。
当時のソ連は、社会主義国なのでお店の営業時間がめちゃくちゃ短くてお土産を買うのがとても大変だったらしいです。
それにしてもどうして、学校の先生が当時ソ連へ行ったのかは謎です。
個人の旅行だったとは思えないのですけれど。

そんなこんなで、正しいソ連を知りたいからロシア語を勉強したいと高校生のころには思っていて、大学に入ったらロシア語を第2外国語にしようと思っていたのに、ロシア語を選択できずスペイン語を選択することになるという余談もありますが、ベルリンの壁崩壊とかもろもろあり、私が旧ソ連へ行くことはおろかロシアへも行ったことがないまま今に至ります。
(スペイン語は、インカ帝国を滅ぼしたスペインのことばなので、ロシア語の次に興味があったのと、発音が概ねローマ字読みなので簡単かも!?という甘い考えでしたが、未だにスペイン語がまともに話せません^^;;;)

中学生の頃、「一番行きたい外国はどこ?」と訊かれて、クラスのみんなはアメリカやイギリス、フランス、カナダなどと言っていたなかで、「ソ連」と答える私はかなりの変わり者でした。
そしてクラスメイトは「ソ連になんか行ったら殺されるよ!」と言うのです。
これが、一方向の情報しか与えられていない子どもの自然な反応でした。
ソ連に行ったら殺されると子どもが思い込むほどに、当時の日本でのソ連は悪い国という印象だったと思います。
そんなところへ「でも、本当にソ連が悪いのか、アメリカがウソ言ってるのか分からないから、ソ連の言い分も聴いてみたいでしょ」という私の考えは、他の子たちの目にどう映ったのか今思うと謎です(笑)

小学生から高校生までこんな感じなのですから、振り返ると基本的な思考回路は、今とあまり変わっていないように思います。
今と違い、冷戦時代の私たち北海道に住む子どもは、「ソ連が攻めて来て、戦争になったらどうしよう」という不安な気持ちを心のどこかに、持っていたように思います。
その辺は、北海道ならではの特殊な事情かもしれません。
私は、実際小6か中1の時に「ソ連が飛行機で、北海道に爆弾を落とす」という夢を見たことがあります。
そんな夢を見るほどに、潜在的な脅威を抱いていたのではないかと思います。

仕事仲間のことばから、こんなことを思い出したので書いてみました。
われながらあまりかわいげのない、子どもでしたね(^^;;

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