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2013.07.19

見る、視る

言わずもがなのお話ですが、手話は見ることばです。
視覚言語。
耳から音声を聴いて理解する、音声言語とは異なります。

音が聴こえない、聴こえにくい聴覚障害者にとっては視覚情報がとても重要なので目の使い方が私たち聴者とは異なると感じることが多くあります。
平たく言えば、やはり「目の人」です。

そんな目の人の中でも手話を主に使っているろう者は、コミュニケーションの始まりは視線を合わせることです。
目を合わせないということは、話す気がないとか用事がないとかとにかくそういうことなわけです。

手話通訳中に、ろう者が見てくれなくなったら「手話が分からない」か「話しがつまらない」の合図です。
ちゃんと視線を向けてくれて、分かったとか分からないという反応があれば通訳している側はやりやすいのですが、まったくリアクションがないと分かったのか分からないのか、不満なのか納得しているのかが掴めず、自分の手話表現が不安になることもあります^^;;

見てくれなくなったら、完全におしまい。
あれこれ反省に想いを巡らせるわけです(苦笑)
ろう者に見られてなんぼの手話通訳稼業...。

たぶん、通訳活動のしてるヒトなら誰しも通じる通訳をしたいと思っているはずです。
通じることが上手い通訳だと思っていると思います。
私もそう思っていました。

でもあるろう者に「通訳士を持っている人に通訳が上手いも下手もない。ただ、対象者と通訳スタイルが合うかどうかなんだ」と言われました。
私の通訳スタイルに合うろう者...どんな人だろうと、思ったりして^^;;

そう言ってもらえると、少しは心が軽くなるけれど本当はやっぱり通訳側が相手のニーズに合せてスタイルを変えられるようにならないといけないなぁと思っています。
日本語が充分出来るろう者であっても、日本語対応手話は見ていて分かりにくいという話しは、よく耳にします。
日本語対応手話とネイティブではない聴者が表出する、リズムが日本語になっている「なんちゃって日本手話」とだと、どっちが見やすいのでしょう...。

そんなこともブツブツ考える夏の夜です。


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