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2013.08.27

苦手なモノ

私には苦手なモノがいくつかあります。
暑いのも苦手だし、寒いのも苦手(←わがままとも言う^^;;)。
たばこの煙りは苦手なので、歩きたばこしている人が前にいると走って追い越します(^^;;
食べ物だと、貝類が苦手...特にホタテとかアサリとか...。
甲殻類も苦手です。アレルギーはありませんけど^^;;

ヒトにも苦手なタイプってそれぞれいると思いますが、私の場合は「聴覚障害者を助けるぞ!エイエイオー!」的なヒトがちょっと苦手です。
あまりお近づきになりたくない感じ...かな。

たまたま私が手話に関わっているから、「聴覚障害者を助けるぞオーラ」を出しているヒトに時々遭遇するのだと思いますが、聴覚障害に限らずあらゆる障害者や弱者を救うぞ〜って燃えている感じのヒトは、なんとなぁく遠巻きに「がんばってね^^;;;」と心で応援します。

確かに世の中には理不尽に社会サービスを享受できないヒトがいたり、様々な矛盾を感じることは多々あるけれど、「助けるぞ!エイエイオー!」ってやっているヒトの多くは、「弱者を助ける活動をしている私はエライでしょ」というオーラを同時に出していることが多い気がして苦手なのです。
当事者や家族、友人知人に当事者などがいて法改正や制度改正をめざして地道な活動や運動をしているヒトは、細く長く冷静で説得力のある訴えをしていて、応援したい気持ちになるのですが...。
その差は、なんなんでしょうね^^;;

そういう意味では「耳が聴こえない人を助けたいから手話を勉強します!」とか「聴こえない人に音楽の楽しさを教えたいから手話コーラスをします!」と、熱く燃える方を目の前にすると、私は「はぁ...」としか言えなくなります。
「どうぞ、ろう者しかいないような場へ行って、あなたが助けてもらって下さい」とか「あなたが音楽の楽しさを教えなくても、ろう者や難聴者なりの音楽の関わり方もあるし、キライなヒトもいるのでおかまいなく...」と思ったりもします。

そんな苦手なタイプの話しを、友人と話していて「私たちって、ろう者を助けるべき存在だと思ったことないもんね(苦笑)」という話しになりました。
私たちがろう者に助けられることもあるし、相手がろう者だろうが難聴者だろうが、盲人だろうが車椅子ユーザーだろうが、相手にできなくて自分にできることがあれば「やるよ♪」っていうし、相手ができて自分にできないことがあれば「やって〜」と言います。
持ちつ持たれつ、お互いさま。

色んな人がいるのが当たり前。
お互いできることをするのが、あたり前。
手話は習得するのが目的じゃなくて、コミュニケーションツールのひとつなだけだものね。
日本手話ができれば日本手話を使うヒトと楽しく話せるし、アメリカ手話ができればアメリカ手話を使うひとと話せます。
英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語...。
使えるツールが増えれば、会話できる相手が増えたり読める本や新聞が増えるというだけのことです。
福祉とか運動とかと切り離して手話を考えると、ちょっと見え方が違ってくると思います☆


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日々の徒然」カテゴリの記事

コメント

初めまして。
とても楽しく読ませていただいています。

Docileさんはなぜ手話に関わるようになったのですか?
ブログのどこかに書かれているかもしれませんが探せなくてすみません。

私も聴覚障碍者の方々と交流していたことがありましたが、どちらが助けるなどと意識したことはありませんでした。
でも、手話といったら言語というより福祉をイメージする人が多いように感じますね。
聴覚障碍者の方々は、どのように感じておられるのでしょうか?

今ある場で手話サークルを運営することになりそうで、手話サークルの意義などについて考え込んでいるところです。

投稿: iris | 2013.08.31 17:14

sun irisさんコメントありがとうございます。
私と手話の出会い、ブログのどこかに書いたような覚えがありますがもう何年も前なので、いつ書いたのかわからなくなりました(ーー;)

私が手話に興味を持ったのは小学生の時に、テレビに写っていた手話のワイプを見て、手で話せるのって面白いなぁと思ったのが最初です。

暗号のようなものに興味があって速記とか手話って、他の人にわからないようにやり取りができるなぁと。
速記は相手がいなかったのですが、手話は友達と簡単な単語を覚えて野球のサインのように遊んでいました。

その後、大学生になり聴こえない人たちと出会ったりして、日常的に使うようになりました。
なので、高い志は何もありません(・・;)

私は当事者ではないので、聴こえない人たちの本音は実際にはわかりませんが、私の周りには、手話イコール福祉と見られることを嫌がる人が多いように思います。
手話の本も、福祉コーナーではなく語学のコーナーに並べて欲しいねという話はよくしますね。

人数は少ないかもしれませんが、『難しいことはできないけど、手話くらいなら覚えて聞こえない人を助けたい』と、サークルにくる方は毎年何人かいます。
そして、手話が難しいとやめて行く場合が多いです。

頑張ってろう者と交流して上達するかたもいますけれど、そういう方はいつの間にか助けたいという気がなくなり、楽しく手話での交流を続ける場合が多い気がします。

手話サークルの役割は難しいですが、聞こえる人も聞こえないひとも楽しめる場だといいなぁと感じています。
自分が所属するサークルでも、そういう活動をめざしています。

投稿: ドシル | 2013.08.31 20:17

お返事ありがとうございました。

私も手話そのものに魅力を感じてはまったクチです。
最近、久しぶりに手話の本を探しに行きましたが、やっぱり語学コーナーでは見つかりませんでした。

手話で生活している当事者と、無関心な人々との間で、私たちに何ができるのか難しいと思っています。

Docileさんの記事には共感できることが多く、勉強させていただいています。
私も神奈川(の片田舎)に住んでいますので、いつかお会いできることがあったらいいなと思います。

投稿: iris | 2013.09.03 12:27

sun irisさん
ありがとうございます。
神奈川にお住まいなんですね^^
いつかお会いする機会があるかもしれませんし、既にどこかですれ違ったことがあるかもしれませんね。

このブログはどなたでもご覧いただける、公の場なので、irisさんのように共感して下さる方もいるかもしれませんし、反感を抱く方もいらっしゃるかもしれません。

いずれにしても、出来るだけ誤解のないようなことばで自分の体験や考えを、ここに記したいと考えて続けています。
反対意見があれば、お寄せいただければ私も参考にしたいと思っています。

また何かお気づきのことなどあれば、コメントお願いします。
手話以外のこともつらつら書いていますけれど^^;;

投稿: ドシル | 2013.09.03 19:17

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