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2014.05.02

通訳者として想うこと。

私は手話通訳者という、日本のろう者が使っている手話と音声日本語間の通訳や時には翻訳をしています。
音声英語と音声日本語の通訳者というのも、世の中には多くいますが私の場合「手話通訳」という視覚言語と音声言語の通訳です。

で、タイトルに「通訳者として想うこと。」とつけています。
どんな言語間でも通訳者の心意気というか基本は同じだと思って、このタイトルで記事を書きます。
以前は、日⇔英通訳さんを依頼したり一緒にお仕事をする機会もあったので色々な通訳者を見ては、「ああはなりたくない」とか「なんて素敵なんだろう」とか勝手気ままに思っていました。

それは、同業者である手話通訳者に対しても同様で、先輩後輩問わず反面教師も憧れるほど素晴らしい方もいます。
技術的な憧れを抱く先輩もいれば、素敵だけど私のスタイルと違うという方もいます。
でも、通訳者って技術も大事だけどそれ以上に立ち居振る舞いとか意欲が大事ではないかと、最近つくづく思うのです。

というのも、私が苦手とする自分の逃げ道ばかり作るプロ意識のない通訳者に久しぶりに遭遇してしまい、なんとも複雑な気持ちになりました。
そしてろう者に「下手ですみません」とあやまってしまう通訳者というのにも、遭遇しました。
私が依頼者ではないですし、私が怒っても仕方がないのですが音声言語が聴こえないろう者には、音声の情報がどのくらい手話で伝えられたかわからないわけです...。
なのに、「下手ですみません」ってどこがどう下手なのよ!?って話しじゃないかと思うわけで...。

まがいなりにも通訳者試験に合格しているならそんな言い訳、おかしいよ..と思うのです。
あんな風にはなりたくないなと思いました。
というか、あんな風になれません。

日⇔英通訳をお願いしていて「ちゃんとできるかわかりません」と言われたら、どう思うでしょうか。
英語の発言がわからないから通訳を頼んだのに、なんなんだとなるでしょう。
通訳以外でも、もし医者が「この手術初めてなんで自信がありません」と言ったらどうでしょう。
そんな医者に手術してもらいたくありません。

4月から新たに通訳者になった人も全国にたくさんいると思います。
試験に受かったのだから「通訳者」と名乗る程度の通訳技術はあるのです。
その通訳技術はたぶん、経験して磨かれると思います。経験しないでうまくはならないでしょう。
でも、通訳者としての意気込みというか気概というかは技術以前の問題で、通訳現場に出たら1年目も30年目も端から見れば通訳者だという意識を持って言動に注意しないといけないと思っています。

「受かっちゃった、どうしよ〜」を現場で見せるような通訳者には、今後あまりお会いしたくないなぁと思います。
もちろん、一緒に仕事するのはもっと嫌ですけど^^;;;

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手話言語・ろう文化」カテゴリの記事

コメント

うわぁ。
こんな通訳 イヤ----。デス
(^^;

通訳 クビ!

投稿: Kumiko | 2014.05.23 10:09

少々、話がずれますが…

通常、ろう者は通訳を受ける側、聴者はする側ですね。
先日、逆のパターンを体験した話をしました。

友人のろう者は、韓国手話の勉強をしているのですが、あるとき通訳をする機会があったとのこと。それで、言葉の変換の大変さや、その他諸々通訳の気持ちが初めて分かった様子でした。

私は仕事柄、外国人とお目に掛かることがあります。
英語を話す相手なら、通訳者(この場合、音声英語から音声日本語の通訳)が離席しても何とかなりますが、中国語、スペイン語となると通訳に思いっきり頼り、通訳者の存在は大きくなります。つまり、通訳の役割に気づきが生じる訳です。

お互いの立場になってみるのも、興味深いですよぉ。

投稿: TOMO | 2014.05.23 15:56

sunkumikoさん
嫌ですよね(・・;)
私も嫌だなと思いました。反面教師です(T_T)

投稿: ドシル | 2014.05.23 16:31

sunTOMOさん
TOMOさんもお仕事で外国人に会われるんですね~。
私もろう者に通訳してもらったことありますよ(^-^)

一度目は、私があまり手話がわからないときにろう者が他のろう者の話を、筆記で通訳してくれました。
周りはろう者だらけで、聴者は私だけだったので私がマイノリティでした~。

二度目以降は何回もあります。
例えば、まだASLが分からなかったときはASLから、日本手話への通訳は、友達のろう者がやってくれたし、国際手話から日本手話への通訳もいつもろう者がやってくれます(^-^)

他には、高齢未就学ろう者でホームサインくらいしか使わないろう者と私の間に入って通訳してくれたろう者もいます。
盲ろう者の通訳介助を、しているろう者もたくさんいますよね。
日本ではまだまだですが、アメリカにはろう者で通訳やってるかたは、けっこういます。
日本もそのうちアメリカみたいになるのかもしれませんね。

投稿: ドシル | 2014.05.23 16:42

ドシルさん
そうですねー、通訳は幅広いですね。
思い出してみると、私の居住区でも、海外のろう者が講演する際は、ろう者の通訳と聴者の通訳が同時に入ります。

私も、手話を習いたての頃、ろう者に通訳をして貰っていました。
ドシルさんの最初のテーマからは、かなり離れてしまいました…

投稿: TOMO | 2014.05.27 19:00

sunTOMOさん
ろう者と聴者の通訳が同時に入るなんて、いい地域ですね。
手話がわからなくて、ろう者に通訳してもらう体験はとても貴重な気がします。
一瞬でも、自分が情報弱者になる経験は、その後の手話学習や、ろう者との関わりに影響がある気がします。

投稿: ドシル | 2014.05.28 08:23

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