私は北海道で高校時代を過ごしました。
北海道の片田舎ですが、一応甲子園にも出場したことがある全国的にもそこそこ名前の通っている私立高校が私の母校です。
のびのびとした校風で、校則らしい校則はありませんでした。
野球部とスキー部とインターアクト部が有名だったように記憶しています。
特に野球部は、道内に誇る室内練習場があってグラウンドも広く校内の部活動の中でも一線を画していました。
一番驚いたのは、わざわざ箕島高校が練習試合にやってきたことです^^;;
何かのついでだったのかな・・・。
とにかく驚きました。
野球が好きだった私は、中学の担任に「甲子園に行きたいから、その高校を選んだの?」と言われたほどでした^^;;
(そんなわけないでしょう~と言いたい)。
毎朝、私が登校する時間帯にひろ~い学校の敷地を歩いていると野球部の金属バットの音が響いてきました。
私はそのカキーンという音を聞きながら登校するのが大好きでした。
当時はバンドブームだったこともあり、校内や近隣の高校の生徒合同のバンドがいくつもありました。
その頃すでに杉真理さんや松尾清憲さん、スタ☆レビなどが好きだった私ですが、周囲はレベッカとかプリンセスプリンセス、米米クラブ、BOOWYのコピーバンドが多くありました。
当時、地元で人気があったいくつかの高校生バンドはオリジナル曲の演奏をしたり、デモテープを作ったり、あちこちでライブをやったりして活動していました。
今でもデモテープが私の手元にあります。
高校卒業後、上京してきて、デビューしたヒトもいるし上京したけどプロになれずにいたヒトもいます。
当時、札幌のペニーレーンやベッシーホールというライブハウスによく通っていた私は、地元でも友人が出るライブにはよく行きました。
思えば、私が都内の大学へ進学を決めた理由のひとつには「たくさんライブへ行きたい!」というのがあった気がします。
・・・親には言いませんでしたけど^^;;;
そんな高校時代、部活動も勉強も文化祭も楽しくがんばっていたけれど、一番がんばったのが「高校生音楽祭」の活動だったと思います。
「高校生音楽祭」は今でも形を変えながら続いているようですが、私が高校生のころはまだ歴史も浅く、色んなことが大変でした。
高校生が企画・運営し、出演できるのも高校生だけというものです。
最終的には、全国大会が東京で行われるのですがその地方予選が各都道府県で行われます。
私は中学時代の同級生や、その他北海道内各地から集った高校生達と一緒にその「高校生音楽祭北海道大会」の実行委員をやっていました。
この活動は、めちゃくちゃ勉強になりましたよ。
ポスター作りや街角でのビラ配り、レコード店にチラシを置いてもらうことなど全部、自分達でやるのです。
大人はアドバイザーとしていますが、基本的には口を出しません。
まずは、音楽祭に出場するバンドを募集します。
楽曲はカセットテープで送られてくるので、それを聞いて1次審査を行います。
その作業も、高校生の実行委員で行います^^;
意見が分かれる分かれる(苦笑)。
2次審査はステージでの生演奏で、お客さんを入れて行います。
優勝すると、全国大会に出場できるのです(^^)
主催者側は、音楽祭を行う会場(市民会館)と当日のゲストは手配してくれますが、他はみんな実行委員の仕事なので、月に1~2回は札幌に集まって打合せをしました。
チケットのデザインもした記憶があります^^;
当日は、審査員も司会も高校生。
出演者も高校生。
客席も殆どが高校生です。
今、同じことをさせてもらえたらもっとスマートに上手にこなせるかもしれないな・・と思います。
今は、パソコンもあるのでみんなで顔を突き合せなくてもメールで相談もできるし。
でもあの頃、北見や留辺蕊や留萌、深川などなど札幌から離れた地域の人たちも集まって、知恵を出し合った経験は人生の宝物だと思います。
だって普通に高校生活を送っていたら絶対に出会うことがないんだもの。
それくらい、広い北海道で離れた地域に住んでいる人たちが集まっていました。
今でも、同じ高校の同級生と同じくらい連絡を取り合っています。
私は1年目は審査員をしました。
2年目は男の子と2人で司会をしました。
台本が今でも残っています。
今読むと、笑えます^^;;;
私が司会をしたとき、高校の友人が組んでいたブルースのバンドが出場しました。
高校生なのに、ブルースのオリジナル曲を歌っていました。
残念ながら、全国大会には進めなかったけれど・・・。
彼らはどうしているかな・・・。
社会人になってもしばらくは、バンド活動していたのは知っているんだけど。
同じときに出場した男性4人のバンドが数年後、バンド名も曲の感じも変わってプロデビューしました。
2曲ぐらい、売れてTVにもよく出ていました。
私も記念にアルバムを購入しました。
初めてTVで見たときは驚きましたが、昔の彼らを知るヒトたちのなかには「楽曲の方向性をあんなに変えてまで、デビューしたくない」と言うヒトもいました。
でも、デビューしなければ夢は繋がらないのなら1チャンスを生かすのもありだと、当時の私は思いましたが結局、売れなくなってしまいました。
でも、デビュー当時から好きなことをやらせてもらえるヒトなんてほんの一握りではないかと思います。
こんな風に、高校時代のことを思い出していると高校1年生まで音楽ライターになりたいと思っていたことを思い出しました^^;;;
今、日本語が難しいと頭を悩ませている私には到底無理な職業ですね^^;
もし、私が音楽ライターだったらものすごぉく偏った記事を書きまくったでしょう^^;;;
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